日本武道学会剣道専門分科会
会長挨拶


湯浅 晃 (天理大学)

Akira Yuasa

  去る9月6日〜8日の3日間にわたって、関西大学千里山キャンパスにて日本武道学会第50回記念大会が開催され、9月8日の本会総会にて、不肖ながら私の会長就任を承認していただきました。佐藤成明・杉江正敏・巽申直・大保木輝雄という著名な歴代会長の後を引き継ぎますことは、大変光栄でありますとともに、身の引き締まる思いがいたします。幹事ならびに会員の皆様のご協力を得まして、学術学会の専門分科会としての本会の目的に見合う活動を企画・推進して参りたいと思います。

 さて、今回の学会大会は、第2回国際武道会議として開催され、海外からも多数の武道研究者が集い、個別の研究発表に加えて、「武道とマーシャルアーツ:伝統文化と大衆文化のクロスオーバー」をテーマとした国際シンポジウムが開催され、大変意義ある大会となりました。本大会を振り返りながら、今後の武道学研究がめざすべき方向性について、主に私自身の研究領域である武道史・武道思想史を中心に所感を述べさせていただき、就任の挨拶に代えたいと思います。

 「武道は日本固有の伝統文化である」という言説にみられるように、これまで武道の固有性・伝統性を外国起源の格闘技やコンバット・スポーツとの詳細な比較をしないまま、ア・プリオリなものとして捉えられてきたのではないでしょうか。このような姿勢は、両者の〈異質性〉・〈相違性〉のみを強調し、〈同質性〉・〈類似性〉への視線を曇らせてきたのではないか。加えて、この異質性・相違性を文化の〈優・劣〉の価値基準とする非論理的な思考傾向を生み出してきたのではないでしょうか。このように武道を日本固有の伝統文化であり、西洋伝来の体操やスポーツに優るものとして捉えることは、武道世界の内側にいる私たちにとって、自己のアイデンティティを確認する上で、ある意味で無理からぬことであったのかもしれません。しかし、学術的に武道の本質を見極め、未来へ向かって武道を発展させていくためには、武道を相対化して捉え直す必要があると思います。このような意味においては、今般の国際武道会議においては、日本よりも海外の研究者の方に、コンバット・スポーツと武道との比較により、武道の特徴を明らかにしようとする意欲的な研究姿勢が窺われ、私も大きな刺激を得ました。そして、武道を相対化する上で、従来の文字史料を中心とした、いわゆる文献学的な歴史研究に加えて、社会学や文化人類学の知見を援用し、広い文化事象の中の1つの文化のあり様として武道を捉え、他の文化との関わりや、政治や社会との関係から武道を読み解く学識が、私たちに求められているように思います。

 次に、私の専門領域ではないので門外漢としての指摘になって恐縮ですが、自然系、指導法系の研究について思うところを述べさせていただきます。従来、スポーツ科学とスポーツ教育との間に乖離があるということがしばしば指摘されてきました。つまり、身体運動についての科学的知見が、実際のスポーツ現場での上達論(自分が上達する、生徒を上達させる)に反映されにくいという指摘です。個人運動である陸上競技・水泳競技・体操競技においても、このような問題は数多くあるようです。武道は、弓道などを除いて基本的には対人競技ですので、相手との関係において成立する技術や戦術の解析が重要となりますが、実験的な研究においては、この対人的技術・戦術としての運動を対象とすることは困難であるということを耳にします。それは、運動の再現性の確保の問題、多方向からの撮影技術の問題等、様々な要因により科学的エビデンスの析出の困難さが伴うからでしょう。実際の試合場面での〈攻め・崩し → 技 → 終末処理〉という一連の運動としての武道の技の解析が可能となればありがたいことです。また、相手の技の予知・予測にはどのような感覚が働いているのかという心理学的な解明も、武道の実践者・教育者が求めていることではないでしょうか。何とかして、対人運動を科学的に解明する研究デザインを開発していただきたいと思います。

 指導法研究については継続的な事例研究が必要となります。ここには研究倫理上の問題も多く生じることと思いますが、指導現場の学校や先生方と研究者の間の信頼関係の構築が必要となります。そして、何よりも重要なことは、生徒や保護者に対する事前の説明や、事後のフォローであり、多くの時間と労力、そして配慮を要する研究だと思います。しかし、運動が上手になって喜ぶのは生徒達です。子ども達が喜ぶための研究は、もっと評価されなければなりません。大学をはじめ日本の研究機関は、実践的な事例研究よりも科学的・理論的研究の方を評価する傾向は、現在も根強くあるように思います。このような偏見を払拭することも本専門分科会の仕事であると思っています。

(剣道専門分科会会報「ESPRIT2017」より)


top page