日本武道学会剣道専門分科会

会長挨拶


長尾 進 (明治大学)

Susumu Nagao (Meiji University)


 このたびの剣道専門分科会総会(令和2年9月7〜13日)におきまして、会長への就任をご承認いただきました長尾でございます。佐藤成明先生、杉江正敏先生、巽申直先生、大保木輝雄先生、湯浅晃先生という学識豊かな錚々たる先生方のあとを拝命しましたことに、身の引き締まる思いです。浅学ではありますが、任期の間精一杯務める所存です。何卒宜しくお願いいたします。

 21世紀を間近にしたころ剣道人口の減少がみられはじめたなかで、「日本の伝統文化に基づく剣道の人文社会科学的研究、スポーツ医・科学に基づく自然科学的研究、競技力向上のための実践的研究、教育現場における指導法の研究、生涯武道としての剣道の研究、国際化への対応」などの諸課題について、より学際的な立場から剣道の未来を考えていこうという趣旨で、百鬼史訓先生を発起人代表、横山直也先生を事務局長として剣道専門分科会の設立が企図され、平成9(1997)年の日本武道学会総会で承認ののち、平成11(1999)年度より活動を開始して、20年を超える歩みをのこしてきました。

 その間おもに、必修化をめぐる課題や指導法の研究、国際剣道連盟加盟国が50か国・地域を超えるほど海外普及が進んだなかでの国際的課題の研究など、その時々のトピックに対して深くかつ幅広い知見をお持ちの講師やパネリストをお招きして、大会時の企画や年度末の研究会を催してきました。その成果は機関誌『ESPRIT』(年1回発行)に反映され、これもすでに16号を数えております。最近では、中堅・若手の先生方の優れた研究紹介をはじめラインナップ・内容もさらに充実し、バックナンバーを読まれた会員以外の方からも好評を得ております。

 こうした会の充実の反面、剣道研究をめぐる状況は大変厳しいものがあります。全国の大学における剣道の授業や研究者・研究拠点が(剣道だけでなく体育・武道全般に言えることかもしれませんが)、ここ30年来の大綱化や法人化の流れもあって、なかなか思うように確保できない現状があります。これは、剣道がオリンピック種目ではないという不利さも一面であるかもしれませんが、何とかしなければならない課題ととらえております。世代や国境を超えて生涯にわたって親しむことのできる身体運動文化としての良い面をアピールしながら、単に体育・武道の一領域としてだけではなく多様な領域のなかで剣道の授業や研究者・研究拠点を確保していく努力が必要と考えます。このことは、この会の設立当時からの課題である若手研究者の育成にも直接に関係することでもあり、皆さんとともにより良い方向性を見出していきたいと考えております。

 また剣道に関する研究は、すでに人文・社会・自然科学等の各方面から多くの研究がなされ蓄積されていますが、この分科会が当初から課題としていた「より学際的な立場から剣道の未来を考える」については、道半ばかと思います。これは武道全般についてもいえることであり、たとえば前会長・湯浅晃先生が月刊『武道』の連載で他の格闘技・スポーツ・遊戯・身体文化などとの比較のうえで日本武道の本質や固有性、普遍性を考究されたように、剣道研究においても他領域からの視点をより取り入れていく必要があると考えています。

 人文系の研究でいえば、たとえば剣道具に関する研究は民俗学や博物館学の分野に大いに見るべきものがあります。そこでの考察は、運動用具史的視点だけではなく、産業史・工業史的観点からの綿密・詳細なものがあり、大変参考になります。また剣道の技術・道具が、槍術との相互補完的関係において発展してきたことはこれまでにも指摘されていますが、日本剣道形で用いられる用語(たとえば、「入身になろうとする」など)の意味は、槍術の「入身稽古」を知ることによって理解が深まります。これらは一例にすぎませんが、今後は他学会や他領域との交流も積極的にはかりながら、剣道研究の厚みを増していく努力が求められると思います。

 また、剣道の国際展開との関係でいえば、日本には剣道発祥国として剣道に関する諸々の事項について発信・回答していく姿勢がさらに求められるでしょう。国際剣道界において日本がリスペクトされる存在であり続けるためには、エビデンスに基づく責任ある発信・回答をすることが大事であり、剣道専門分科会に所属する先生方の研究や発信が、その期待に応えていくベースとなるでしょう。

 さらには、現今の新型コロナウイルス感染症拡大状況のなか、剣道についてもマスクやシールド等の着用など「新たな様式」が定着しつつあります。本年度の日本武道学会剣道専門分科会企画においては、東京医科歯科大学名誉教授の宮坂信之先生を講師としてお招きし、剣道が新型コロナウイルスとどう向き合っていくかについて、大変懇切で示唆に富むご講演をいただき、質疑も活発に行われました。その質疑のなかで先生も触れておられましが、今のような状況であるからこそ、たとえば「形」について見直すなど、新たな向き合い方があるはずだとのご提言をいただきました。飛沫を多く発生させる掛け声や発声も剣道を構成する重要な一部ですが、たとえば発声と同時の打突が剣道で一般的となったのは、この130〜140年ほどではないでしょうか。剣道の悠久の歴史からみれば、比較的新しい事ですし、古流のなかには無声で行われる形も多くあります。こうしたことも含め、今は剣道という身体運動文化のもつ豊かさや多様性を見直す好機であろうと思います。皆さんと一緒に、考えていきたいと思います。



                            (剣道専門分科会会報「ESPRIT2020」より

 

 

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