「英国剣道リポート」

 長尾 進(明治大学)


2003年から2004年にかけてイギリスに留学した長尾氏.留学した年にはイギリスで世界剣道選手権が行われた.氏が経験したイギリスの剣道についてリポートする.
[写真:長尾氏とChapman氏]


                   [2004年3月31日受理]


前半 後半
 平成15年4月より平成16年3月まで、英国St Mary’s College (A College of the University of Surrey)に客員研究員として籍をおき、「英国における日本文化の受容 −武道・剣道を中心に」というテーマで研究活動に従事させていただきました。といいましても、机上での研究よりもフィールドワークの方が性に合っていますので、竹刀と剣道具をかついで、英国各地の道場を訪問しました。現地の人たちと一緒に汗を流して交流を深めることが、私にとっての「研究」であり、「資料収集」でした。そうしたなかで得ることのできた英国剣道に関する知見や情報を、この場を借りてご紹介させていただきます。
1. 英国剣道連盟(BKA)の組織
 英国における剣道は、第二次世界大戦前に行われたという記録もありますが、日常的に行われるようになったのは1966年頃からであり、ほどなく英国剣道連盟(British Kendo Renmei、のちBritish Kendo Associationに改称、以下BKA)が組織されました。
 現在のBKAは、全日本剣道連盟と同様、剣道部・居合道部・杖道部の3部門より構成されています。正式な登録者数は約500名といわれていますが、映画「ラスト・サムライ」の影響もあってか、私が帰国する間際には、ロンドンの主な道場では10名から20名一気にビギナーが増え、うれしい悲鳴をあげていました。
 連盟の運営は、John Howell氏(会長・7段)、Geoff Salmon氏(副会長・6段)、 Michael Davis氏(剣道部長・7段)、Paul Budden氏(事務局長・6段)といった人たちが中心となって当たっています。
2. BKAの行事(講習会、審査、大会)
 BKAの行事は、おもに講習会(Seminar)、昇段審査(Grading)、大会(Taikai)に分けられます。  
剣道についての正しい知識の普及・啓蒙のためには講習会は欠かすことができずBKAもこれに力を入れています。今年でいいますと、2日なし3日間にわたる講習会の最後に昇段審査というスタイルの講習会が4回(3月・5月・7月・8月)、女子剣道講習会が1回(5月)、救急法講習(First Aid)が2回(2月・9月)、コーチング講習が1回(4月)、審判講習会が1回(12月)となっています。
 なかでも、BKAとKodokan 道場との共催で行われる8月の講習会は今年で19回目を迎え、日本から角正武先生(範士8段)を毎年お迎えし、早朝から夜まで、基本稽古、地稽古、日本剣道形、木刀基本稽古法、審判法など剣道三昧のスケジュールが3日ないし4日の日程で組まれ、英国のみならず近隣諸国からも多くの剣道家が受講し好評を博しています。また、この他に英国代表候補(約30名)の合宿(2日間)がほぼ毎月行われ、代表チームのコーチである本多壮太郎氏(6段、福岡教育大卒)の指導のもとみっちりと基本稽古が行われており、またBKAのメンバー誰にでもオープンにしていますので、これもひとつの講習会の役目も果たしています。
 全国規模の大会は、Sir Frank Bowden Taikai & Premiers Cup(6月)と、British Open Kendo Championship(9月)があります。このうちSir Frank Bowden 大会は、BKA草創期の中心メンバーであった故Frank Bowden卿を顕彰する大会で、1チーム5名の団体戦が行われ、BKA登録者であれば誰でも参加できます。その翌日行われる Premiers Cupは個人戦で、英国パスポート保有者のみが参加できます。これは前日の団体戦で、どうしても日本人を多く有するチームが上位を占める傾向が強いことから、個人戦においてはこのような制限が設けられているようです。
 British Open Kendo Championshipは個人戦で、少年(13歳以下)、少年(16歳以下)、女子、男子(1級〜3段)、男子(4段以上)、剣道形の部があります。
 このほかにも、念力道場が主催するLidstone 大会(英国剣道のパイオニアで初代連盟会長を務めた故Charles Lidstone氏を顕彰し、無段者のみによって競われる大会)、無名士道場が主催するMumeishi International(1チーム3人の団体戦で、ヨーロッパをはじめとして海外からの参加チームも多い)などがあり、いずれもBKAが協賛・協力しています。
3. BKA所属の各道場(club)
 道場といいましても、英国の場合、公共または民間のスポーツ施設を利用してのものがほとんどであり、個人によって建てられた道場は、滞在中お目にかかりませんでした。BKAに登録されている剣道のclub(居合道・杖道のみのclubは除く)は、BKAのホームページによれば現在32clubで、地域別の内訳はイングランド29、スコットランド2、ウェールズ1となっています。ただし、私が知っている(訪れた)だけでもこれに載っていないclubが二三ありますので、実際はもっと多いでしょう。紙数の都合もありますので、その中から私が日常的に、あるいは複数回以上訪れた道場のみ簡単に紹介させていただきます。
〈念力道場〉…1966年に設立された英国で最も古いclubで、ロンドン市内Elephant & CastleにあるGeofrey Chaucer Schoolで稽古が行われています。現在道場を主宰しているのは『五輪書』を始めて英訳したことでも知られるVictor Harris 氏(大英博物館顧問)であり、地稽古を中心とした稽古で、また日本刀鑑定の専門家であるHarris 氏の道場らしく、「刃筋」を理解するために巻藁の「試し切り」を年2回ほど行っています。良い意味で日本の昔時を彷彿とさせる稽古スタイルです。
〈無名士道場〉…念力道場で剣道をはじめたTerry Holt氏(7段)が1968年に設立したclub。同氏が日本に知己が多いことから多くの日本人の方が所属しており、ヒースロー空港に近いCranford Community Collegeの施設内という地の利のよさもあって英国各地から稽古に訪れますので、質量ともに最も充実した稽古ができる道場と言って良いでしょう。現在BKAの顧問であり、アイルランド共和国チームの監督である矢内訓光先生(7段、早大卒)が、Holt氏とともに指導されています。
〈Kodokan道場〉…ロンドン北西Rickmansworth にあるPrincess Marina Sports Complexという施設内で、前出Paul Budden氏が主宰するclub。小野派一刀流を修行し、また形に関する著作もある同氏のclubらしく、稽古時間の前半をじっくりと形の稽古に充てるのが特色です。
〈University of Gloucestershire Kendo Club〉…イングランド西部Cheltenhamにあるグロースターシャー大学の剣道クラブ。同大学は、英国で唯一正課の剣道授業を開講していて、同授業の担当者であるIan Parker Dodd氏(4段)と前出・本多壮太郎氏によって指導されています。
 英国の道場(club)では、週2回、午後7時あるいは8時から1時間30分程度の稽古というのが、一般的なスタイルです。施設使用料は利用者(受益者)負担で、各clubでは主宰者または幹事が会費を徴収し、これに充てています。
 また、英国はPub文化の国です。剣道においてもご多分に漏れず、稽古後のPubでの一杯やchatは付き物です。というよりもむしろ、稽古とその後のpubでの交歓がセットになっている、といった方が良いでしょう。無名士道場のあるCranford Community Collegeには施設内にPubがあって稽古後の交歓の場となっており、念力道場の近くにはその名もRising Sunという、club設立当初(1966年)よりメンバーが通っている名物Pubがあります。

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