前半 後半
4. 思い出の一こま
〈世界選手権をめぐって〉
 はじめて英国で剣道の大会を見たのは、5月31日のSir Frank Bowden大会でした。イングランド中部Stoke-on-Trentで行われたこの大会をみたとき、正直言って間近に迫った(7月の)グラスゴーでの世界選手権の大会運営は大丈夫だろうかと心配になりました。プログラムも無く、組み合わせはその日に決まり、また、3チームによる決勝リーグの進め方も、少々理解に苦しむものでした。
 しかし、約1か月後、グラスゴーでの世界選手権を見たとき、私の心配は杞憂であったことがわかりました。初日にエリザベス女王とエジンバラ公のご臨席を仰いで、その後の日程も大過なく乗り切り、大会は大成功裏に終了しました。その成功の影には、全日本剣道連盟や日本の先生方の指導・助言も勿論ありますが、私の見たところ何と言っても熟練した競技役員と、献身的なボランティアに支えられての成功だったと思います。英国の各クラブから有段者を中心に競技役員を出し、また、ヨーロッパ剣道連盟や各国の連盟でかつて会長や役員をつとめたような人たちが、計時係や会場係を率先して、かつ喜んで受け持っていたのです。そのことをBKAの役員たちに問うたところ、彼らは「これは、BKAだけによる成功ではなく、ヨーロッパ剣道連盟が永年培ってきた友情による成功なんだ」という答えが返ってきました。この7月にはエジンバラにおいて、京都大会やパリ大会にならったInternational Kendo Enbu Taikaiが開催されますが、きっと彼らはこの大会も成功に導くことと思います。
 世界選手権といえばもう一つ。NHKの『ただ一撃にかける』が大きな反響を呼んだということですが、英国でも日系の衛星放送で何回か放送されたらしく、評判になっていました。我が家の近所の日本企業にお勤めの方の奥様が、私の妻に「この間、剣道のテレビ見たわよ。すごいわね剣道って。感動して泣いちゃったわよ」と言ったそうです。この方だけでなく、ほかにも妻に同様のことを言ってきた人がいました。毎日が異文化コミュニケーションの連続、いつ帰国できるかわからないストレスフルな駐在生活において、同番組は駐在員の方やそのご家族の方にとっても、日本文化のよさを再認識する機会となり、活力を与えてくれるものであったようです。

〈交剣知愛〉

 ウェールズで唯一のclub「紅龍(Akai Ryuu)」を訪れたとき、稽古後、同clubのリーダーであるShawn Lowthian氏(2段)が彼の自宅へ私を泊めてくれました。彼は建築業者で、山上にある100数十年前に建てられた教会跡を改築して住んでいますが、蝙蝠や鹿がでてくるような「趣」のある館で手料理をいただきつつ、指導法や形、剣道具のことなどについて質問攻めにあいました。英国剣道においても「中央と地方」の問題はあるようで、ロンドンやイングランド中心部にいる人たちは、講習会やイベントへの参加も容易でありその点情報量も多いけれども、地方にいるとその機会も少なく、たとえば形の所作や解釈、稽古法や指導法の詳細などを尋ねる機会が少ないことを零していました。私を質問攻めにしたのも、そのような事情からだそうです。
 また、英国中部Nottinghamshireの「樫ノ木剣友会」を訪れたときは、稽古の前日同剣友会のリーダーであるTrevor Chapman氏(5段)の家でやはり夜遅くまで語り合いました。Chapman氏は、日本訪問回数も多く、剣道に関しても深い洞察力の持ち主ですが、英国の剣道も基礎の「かたち」を学ぶ段階から、今度は基礎の「中身」を考える必要性があることを痛感しているようで、とくに稽古のそれぞれの場面における「元立ちの重要性」を英国の剣道家たちはもっと理解すべきだ、というのが彼の見解でした。
Lowthian氏、Chapman氏のclubを訪れたのはそれぞれ1度きりで、また、彼らのホスピタリティーにこちらがどれだけ応え得たかどうか自信はありませんが、日本にいるとき以上に「交剣知愛」ということを実感したことは確かです。

〈関東学生剣道連盟の来英〉
 帰国間際の3月6日・7日の両日、塩倉高義先生を団長、数馬広二先生を副団長とする、関東学生剣道連盟の使節団(学生19名。男子13名、女子6名)を迎えての親善試合・稽古がありました。はじめ、百鬼史訓先生から関東学生剣道連盟の国際交流事業の一環として、英国での交流試合・稽古の打診があり、BKA事務局長Paul Budden氏に相談したところ、快諾のうえ、施設、交通、昼食、パーティーの手配など迅速に進めてくれました。どうせなら、英国代表チームも同時に召集して試合・稽古をやろうということになり、Budden氏のclubで利用しているPrincess Marina Sports Complexで、上記の2日間、午前10時から昼食をはさんで夕方5時までたっぷりと親善試合や稽古を行うことができました。英国側からは、両日とも男女英国代表選手を含めて50名ほどの参加者があり、大盛況でした。とくに、若くてイキのいい日本の学生選手たちが公式な使節として英国を訪れたのは初めてのことらしく、その意味でもBKA側は大いに喜び、是非毎年訪れてほしいと申し出たほどでした。在外研究中の最後にこのようなイベントに関わることができて、私にとっても大変印象深いものとなりました。

       

5. おわりに
 私は、80年代なかばにパリへ、90年代はじめにストックホルムにそれぞれ10日間ほどづつ、剣道具をかついで行かせていただいた経験がありました。今回英国に滞在し、世界選手権や講習会などにおいて英国も含めたヨーロッパ各国の剣道家と交流を深めるなかで気づいた以前と違う点は、彼らの日本剣道に関する情報量の増大と、着用している剣道具の質の向上でした。インターネットの発達は、剣道についての様々な情報の入手を容易にし、また剣道具についても日本製だけではなく、他のアジア諸国製の廉価でかつしっかりとした剣道具の購入を可能にしたようです。
 しかしながら、剣道についての最近の動向、たとえば日本剣道形の若干の変化(4本目など)や、「木刀による剣道基本稽古法」の制定などについても、日本の先生方が来て指導されていますしかなり理解してきていますが、こうした情報入手の「容易性」と「即時性」という点では、まだまだ改良の点があるのではないでしょうか。つまり、なぜこのような改定が行われているのか、その背景も含めて、英語に翻訳して逐次発信するということも、剣道分科会に所属する先生方のお力を集めれば、可能なのではないかと思います。
 また、国際剣道連盟所属の44の国や地域だけでなく、たとえば英領モタや、クウェートなどでも剣道がはじめられ、BKAの役員が指導に訪れています。そういったところや、前出グロースターシャー大学の剣道授業でも剣道具を切実に必要としています。全日本剣道連盟でも中古剣道具の海外寄贈は行われているようですが、剣道分科会でもこれと相互補完的に、中古剣道具に関する情報を集約し,これらの地域への支援をするということも可能でしょう。
 剣道分科会のホームページを通じて、これからは海外の剣友に、彼らの欲しているより詳細な情報を積極的に発信していっても良いのではないか、ということを提言申し上げて本稿の終りにしたいと思います。
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