剣道における暑熱環境下の水分摂取
〜事故を防ぐ・稽古量を増やす〜

「全日本剣道連盟医科学委員会」提供
全日本剣道連盟ホームページに掲載(2004年6月)

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剣道における熱中症
 「熱中症」とは暑熱環境で発生する障害の総称で、熱失神、熱疲労(熱ひはい)、熱射病、熱けいれんに分けられます.場合によっては死に至ることもある大変危険な内科的疾患です.
 熱中症での死亡例は,屋外の太陽の下で長時間にわたって練習が行われる競技に多く発生し,特に野球やサッカー,陸上での発生が多数報告されています.しかし,屋内競技でみると,残念なことに最も発生例が多い競技は剣道です.表1にあるように剣道では1975年〜1997年の間に5例の死亡事故が報告されています.近年では,死亡まで至らなくても医療機関を受診している例は年間数百件に及んでいるとみられています.


剣道での近年の事故
 近年では,熱中症対策は指導者の義務の一つであることも明確とされています.平成14年8月30日に起こった熱中症の事故では,『剣道の部活動中に熱中症で倒れて死亡した際に、適切な救護措置を取らなかった』として,指導者の教諭が責任を問われ行政処分を受けました.その事故では,指導者は生徒が倒れた後も,扇風機で風をあてていたのみの対処しか行わず,救急車を呼んだのも約2時間後だったそうです.厳しい稽古は,剣道の競技特性の一つとして数えることはできますが,そうであれば,稽古内容に適ったリスクマネージメントが必要であることは当然のことといえます.残念なことに室内競技で最も熱中症の事故が多い剣道において,その情報が隅々まで伝達され,実行されているとは言いきれないのが現状です.

剣道には熱中症が起こりやすい要因がある
 熱中症は,熱失神,熱疲労,熱けいれん,熱射病などの主に暑熱環境下で発生する障害を指す総称です(それぞれについては表2を参照).その発生原因は,次の2つです.
(1) 暑熱環境下での運動によって体温が異常に上昇する
(2) 汗により体の水分と塩分が失われてしまう

 剣道の稽古には,原因となるこの2つが増強されてしまう競技特性があります.



熱中症が起こりやすい競技特性
1) 夏季の稽古は「特別稽古」として位置づけられている
 まず一つは,夏期の稽古が寒稽古と並ぶ「特別稽古」として位置づけられていることがあげられます.特別稽古は技術,体力の向上よりもむしろ精神面の鍛練としての効果を重要視している稽古法であり,場合によっては「水を飲まない」ことも稽古のうちとされます.この稽古方法は精神面の鍛練という側面から言えば効果が得られることもあろうかと思われますが,生命の安全という点から言えば危険と言わざるをえません.

2)体温が逃げにくく,水分を摂りにくい稽古着と防具

 次に稽古着と防具があげられます.ある研究レポートによると,気温約30℃,湿度約70%の暑熱環境下で互角稽古を1時間行った場合,稽古後には体重が約3.0〜5.6%減少したことが報告されています.体重の減少は汗をかいた量とほぼ同じですから,体重が60kgだったとすると,1.8〜3.4リットルの汗が流れたことになります(大型のペットボトルが1〜2本分).また,別のレポートでは,暑熱環境下で剣道の稽古着と防具を着用して自転車運動を行った場合,シャツと短パンで自転車運動を行った場合と比較して,体温(鼓膜温)が2度以上も高かった(最高で40℃近く)ことが報告されています.稽古着と防具は,竹刀の打突から体を守る観点から厚く丈夫に作られていますが,熱(体温)の放散という点から言えば,体に危険を及ぼすことも考えられるのです.さらに顔全体を覆っている面は,水分を取りにくくしている原因とも言えるのです.

3)水分摂取をしにくい稽古の形態
 最後に稽古の形態です.隊列を作り,二人組で時間や本数を区切りながら指導者の指示で理路整然と稽古をする,稽古中は面を外したり道場外に出ず,連続的に基本稽古や互角稽古,掛り稽古を行うといった稽古形態は,稽古風景そのもののに美しさがあり,また指導の上でも時間的ロスが少なく大変効率のよい方法と言えるでしょう.しかしその反面,一人でも隊列を抜けるともう一方の相手も剣を休めることになってしまうために,自由に休憩する時間は取りづらくなります.水分を取りたい時に取れなかったり,体の異常を感じても稽古を続けなくてはならず,熱中症を引き起こす原因になってしまうこともあります.
 
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