■熱中症の対処■
様々対策を行っても,激しい稽古を行っている場合には,残念ながら熱中症が発生してしまう場合はあります.冒頭で紹介した事故例のように,不十分な対処は指導者の責任を問われることはもちろんですが,何よりも貴重な選手の生命を奪ってしまう可能性があります.剣道の稽古によって直接的に死に至る可能性のある事故は,竹刀の破損によるもの,転倒による頭部打撲がありますが,内科的な疾患の代表は熱中症であり,その対策は必ず身につけておく必要があります.熱中症の対処は次の通りです.
[1]観察
選手が異常を訴えてきた場合,動きが明らかにおかしくなった場合,稽古時に倒れてしまった場合は,すぐにどのような症状かを観察します.順序としては,(1)意識の確認(名前を呼ぶ,肩を軽くたたく,応答ができるならその者が絶対に答えられる質問をするなど),(2)生の兆候(意識,呼吸,脈拍,顔色,体温,手足の温度など)のチェックを行います.
[2]手当
素早く観察を行った後は,手当を行います.順序としては(1)安静(防具を外し,稽古着の紐を緩める,(2)冷却1(クーラーの入っているところ,風通しの良い日陰などで安静にする),(3)冷却2(冷水タオルで全身をマッサージをする,送風する.アイスバックで脇の下,太股の付け根を冷却),(4)水分補給(意識がはっきりしている場合),の順で手当をします.
熱中症の対策については,全日本剣道連盟医科学委員会制作の「剣道医学Q&A」にも紹介されています.また,近年はマニュアルや専門書が書店などでも手に入りやすくなっています.(財)日本体育協会のホームページでもダウンロードできますので,特に暑い夏を迎える前には一読しておきましょう.
■水分摂取のルールづくり■
これまでのところ,稽古時の水分摂取を積極的に行っている道場やチームは多くはないようです.学校のクラブでは,下級生が次の稽古の準備や先輩への気配りから,休憩時間内に水分摂取を行うことができないことも多いことから,水分摂取に関するルールづくりが必要です.
1)隊列
剣道の稽古は,主として隊列を作って二人組で時間や本数を区切りながら指導者の指示で稽古を行う形式です.そのために,一方が休んでしまうともう一方が稽古できなくなってしまうことから,稽古中は水分摂取をするような時間を確保することが難しいと考えられます.ただ,例外として時間を確保できる時間があり,それは集団が奇数になった場合です.奇数になると相手のいない時に時間を作ることが出来ます.これまでもその時間には竹刀や防具の点検を行うことができたと思いますが,それを水分摂取の時間に当てることができます.20〜30人程度の集団であれば,15〜30分に一度の水分摂取の時間は確保できると思います.もし集団が偶数の場合は,集団を2つに分けることで対処できるでしょう.いずれにせよ,隊列の最後尾にきて相手のいない場合,あるいは最後尾の組は水分摂取するというルールを作ることで,水分摂取を実現できます.
2)ストロー
水分摂取を行う場合,その度に面を外していては稽古の効率が落ちてしまいます.時間のロスを少なくするために,面金ごしに水分を摂ることの出来るストローを用意することを奨めます.ストロー付きのスクイーズボトルや,コップに蓋のついたもの(ファーストフードの紙コップのようなもの)があれば,床を汚すことが少なくなります.
3)飲み方のルールづくり
水分摂取が安全で質の高い稽古をこなすために必要であることは理解できても,面を付けて立ったまま水分を摂る姿は,適切でないという考えもあります.そこで,各チームで所作事に関するルールを作ってはいかがでしょうか.例えば,水分を摂る場所を決める(道場の外に水飲み場を設置する),水分を摂るときには必ず腰を下ろす,飲んでいるところが見えないよう稽古の隊列には背を向けるなどがあります.所作事も含めて剣道であるという立場は,いつまでも大事にしたいものです.
■最後に■
剣道は稽古方法,稽古着と防具,稽古形態のいずれも,長い歴史を踏まえて築き上げられた剣道の良き伝統であり,これらを無下に損なうことはできません.しかし,死に至るような事故が起きてしまっては,剣道の伝統は悪しきものに姿を変えてしまいます.「暑さを我慢して精神力を鍛える」という考え方から,「暑さへの対策を十分に行って質の高い稽古をこなすことにより,稽古の効果を最大限に引きだす」という考え方もできるのではないでしょうか.今夏,剣道での事故例を聞かないことを望みます.
◎本文は全日本剣道連盟医科学委員会より提供された資料をもとに編集しております. |