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大保木 輝雄
  4月より、日本武道学会の11代会長に就任いたしました。身に余る大役を仰せつけられ、本会の未来に対し如何なる役割を果たすべきかと模索を続けております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
  既に私たちのいる世界は、かつてペストやスペイン風邪などの流行が歴史の大きな転換点となったありようを辿るがごとく、新型コロナウイルスの猛威にさらされています。身近なコミュニティでも感染予防のため密閉・密集・密接のいわゆる「三密」を避けるべく様々な対策が取られるなど、急激に社会環境が変化し続ける只中にあって、本会では長尾理事長を中心にZOOM会議として常任理事会や理事会が実施され、新たな道への模索・検討などについての討議など支障なく運営されています。例年とは事情が全く異なる状況のなかで、迅速かつ適切な対応をされておられる運営役員の皆様に対し、この場を借りてあらためて感謝と御礼を申し上げます。
  このような事情から常任理事、理事の皆様のご意見をいただき、本年度の第53回大会はオンライン開催となりました。会員の皆様にはご賢察のうえ、ご理解ご協力下さいますようお願い申し上げます。
  さて、皆様ご存じのように1968年(昭和43)に創立した本会は、半世紀以上の歴史を刻んで参りました。創立の背景には、敗戦の惨禍をくぐりぬけてきた日本の悲願である1964年の東京オリンピック開催があります。初めてオリンピック種目となった「柔道」を含め、様々な「武道」が世界の人々にその存在を認められ、開催に際して建設された日本武道館は、武道のみならず日本精神のシンボルともなりました。本会の創立は、そうした東京オリンピックのレガシーでもあったのです。
  混迷を極める今日の世界にあって、本会はどのように歩みを重ねていくべきか。本会の設立経緯を踏まえながら、新たな歴史を創り出すためには何をすべきか。私は、会長として、また武道論の研究に携わる末席を汚す身として、「先行きが不透明なときは原点に立ち返る」との観点から、本会を牽引してきた先達のことばを引き、その歩みについて触れておきたいと考えました。
  幸いなことに昨年、『日本武道学会創立五十周年記念誌』が発刊されました。まずは、そこに掲載された『会報NO.9-設立十周年特集号-』に見られる当時の会長であった今村嘉雄氏の回顧録から、本会が世の中に生み出された事情をよく踏まえて本会のあるべき姿を確認しておきたいと思います。
  「設立総会までの準備段階ではいろいろの意見が交わされた。時機尚早論も出たし、日本体育学会との関連や、各種武道団体のもつ研究部門との関連なども問題になったが、日本武道館の強い助言もあって、正力松太郎武道館館長を初代会長として発足した。従って発足そのものは、一般武道研究者の要望によったというよりも、正力会長の発想とその熱意に共鳴した一団の有志を中心に成立したというのが実相であった。云わば多くの問題をかかえたままの見切り発車であったとも云えよう。今から考えれば、少々道草を食った感もあるが、決して無意味ではなかった。そうした問題の中で先ず問われたのは、武道とは何か、武道学とは何かということであった。」
  最後に今村氏は、「武道学会は、・・・武道界が内包する多くの問題に対して、あくまでも真摯に、卒直に、冷静に、かつ確かな信念をもち、不断の反省と展望を怠らずに進みたいものだと考えている。曾ては武士の特技で会った武道を国民すべての武道にするための研究こそ武道学会の目下のそしてまた永久のテーマであろう」と結ばれています。
  武道学会の発足・設立・沿革などの諸事情はさきの記念誌の「座談会」にさらに詳しく述べられています。発足当時からあった「武道とは何か、武道学とは何か」という武道の本質にかかわる問いは、50年経った今日も、日本固有という枠を超えて広大で深淵な普遍性を持ち、私たちの前に横たわっています。
その後、創立50周年を迎えた2018年(平成30年)には、前会長の百鬼史訓氏が次のような挨拶文を記しておられます(カッコ内は筆者による補足)。
  「学会が国際的な武道(Budo)の望ましい発展と将来の方向性を展望し、次半世紀に向けてさらに大きく飛躍できるよう大いに期待をしています。―(中略)−学会の学術的成果については、国内外への積極的な発信が必要となります。そもそも、武道とは何なのか?という根本的な概念や文化的価値について世界に向けて発信する必要もあります。そのためにも、学会活動の国際化を意図し平成10年から国際交流を進め、国際会議等の開催により海外の研究者との学術交流を推進する中で日本武道の固有性について相互理解を深め、世界に向けて積極的に発信して行きたいと考えております。と同時に、英文翻訳等、ホームページの充実を図りながら国内外への情報発信を活発に行ってまいりたいと存じます。」
  本会はその方針に則り、2013年と2017年に2回の国際武道会議を開催。この流れに沿えば、2023年には第3回目となる国際武道会議の開催が期待されます。
  また、国内的には、2006年(平成18)の教育基本法の改正をうけ、学習指導要領の教育目標に「我が国の伝統と文化を基盤として、国際社会を生きる日本人の育成」が明示されました。百鬼氏は、「武道が必修化され、日本固有の伝統文化を理解し武道の持つ教育的特性により将来を担う日本人の育成に役立てようとする国家的な事業が進捗しているところです。我々、武道に関わるものとして、武道必修化の目標が達成できるよう武道教育の充実や課題解決のために様々な方面から協力・支援していくことが大きな使命と考えております」と述べられています。私たちは、その意思も継続しなければなりません。本会にとって、中学校に先駆ける小学校においても武道的体つくり運動が新たな課題となります。
  さらに、オリンピックとの関わりでは、コロナ禍により来年に延期された2度目の東京オリンピックで、柔道に加えて空手道が正式種目として参加することになりました。東京での2度目のオリンピック開催で期待されることは、武道の持つ「普遍性」について世界の人々と活発な議論がなされる契機となることではないでしょうか。
  そうした諸課題に向き合い、新たな取り組みの実現を見据えると、本会に課せられ期待される役割は大きく、さらに厳しいものと言わざるを得ません。一つは、先にふれたように本会の使命が「武道」という実態を様々な切り口で読み解き、内外に向けてその本質と価値を発信しなければならないということ。もう一つは、本会が社会的な機能を発揮するために日本武道館を始め各団体との新たな関係をどのように構築できるかということです。3年後に迎える創立55周年には、以上の2つの課題に対する成果が、会員の皆様のみならず海外の武道愛好家や国内の小中学生にも理解できるような形で見せられることが求められていると考えます。
  とはいえ、新型コロナによって我々の生活は激変しています。今まで当たり前に出来ていた稽古や授業、研究会などことごとく自粛を余儀なくされています。しかし、武道の底流にはのっぴきならない危機的状況をそのまま受け入れピンチをチャンスと考え一歩踏み出す勇気、嘉納師範流にいえば「なに、くそ」精神が流れています。例えば、この危機は「三密」本来の意味を知りそれを実践してみる良い機会なのかもしれません。また、日本の身心技法の深層には密教の「身密・口密・意密」(三密)を行ずるという考え方があります。これは日常の当たり前の「行動・言葉・こころ」の三つを振り返り改めて整えることだとされ、武道の根本である「心技体の一致」の考え方に通じます。これを機に改めて自分にとっての武道を問い直してみたいと考えています。
  かつてペストやスペイン風邪がそうあったように、私たちは今、未知のウイルス禍による世界史の転換点に立っています。かつての困難を潜り抜けた後に新たな科学や文化が花開いたごとく、武道はどう変われるのか。武道の真価が試され、見直される新たな時代の創出に向けて、先生方のお力添えを重ねてお願いし挨拶とさせていただきます。


 
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